水素のはなし第8回 水素とプラチナの不思議

燃料電池車は値段が高いというのは、皆さん承知の通り。つい最近まで1台が1億円以上していましたし、来年以降に投入される次世代モデルでも、数千万円といわれています。なぜそんなに高価なのでしょう?それには、ある貴金属がかかわっているのです。

燃料電池車は量産できれば安くなる?

燃料電池車が高価なのは、まだ普及が進んでいないからで、みんなが乗るようになって量産できれば安くなる……そんな話を聞いたことはありますか? 確かに普通の製品であれば、一つ一つの部材から組み立てまで手作りの状態から、オートメーション化された工場で生産するようになれば、コストが下がって価格も安くなるでしょう。液晶やプラズマといった薄型大画面テレビだって、出始めのころに比べれば驚くほど安くなり、安くなるからさらに売れ、売れるからさらに生産コストが下がって安くなるという好循環に乗っています。

しかし燃料電池車の場合は、そう単純に安くは作れないのです。確かに量産できるようになれば、ある程度は生産コストは下がってきます。しかしそれでも、現行のガソリン車のように数百万円でとなると、どうにも難しい理由があります。それは、燃料電池の肝になる部分に、貴金属の王様と呼ばれる“プラチナ”を使っているからです。

プラチナは何に使われているの?

燃料電池は、電解質をはさんだ電極に水素を送り、もう一方の電極に空気中の酸素を送ることによって化学反応を起こし、電気と水を発生させます。もっと細かく見ると、水素側の電極では水素(H2)が電子(e-)と水素イオン(H+)に分離し、酸素側の電極では酸素分子(O2)が外部回路から戻ってきた電子(e-)を受け取り酸化イオン(O2-)になり、水素イオンと結合して水(H20)になるのです。

■燃料電池の仕組み

燃料電池の仕組み

そうした分離や結合といった化学反応を促す物質のことを“触媒”と呼び、水素側と酸素側の両極で、その大事な触媒の役目を果たしているのが、プラチナなのです。

燃料電池用電極触媒

FC EXPOにて田中貴金属工業株式会社が出品していた燃料電池用電極触媒。
カーボンの上に超微細なプラチナ粒子(1-4nm)がくっついており、見た目には黒い粉にしか見えない。

誤解のないように書いておきますと、これらの反応は、必ずしもプラチナを使わなくてもできます。ただしその場合、たいへんな高温・高圧という条件が必要になり、乗用車で実現するのはまず不可能。プラチナ以外に常温・常圧でそうした触媒の役目を果たすものとして、コバルトやニッケルでもできないことはありませんが、その効率が非常に低い。現在のところ結局は、プラチナに頼るしかないというわけなのです。

代替材料の出現が燃料電池車普及のカギ

ちなみに現在主流の燃料電池車では、1台につき約100gのプラチナが使われています。プラチナが高価なのは、美しさはもちろん貴重=希少だからであり、地球上に存在するプラチナの総量は、これまでに採掘された約500トンに、推定埋蔵量2000トンを合わせた、たったの約2500トンと言われています。1台につき約100g使うとすると、すべてを掘り出して、さらにジュエリーなどになっているものを全部集めて溶かして使ったとしても、2500万台分でしかありません。日本の2006年11月度の自動車保有台数が約7600万台ですから、その1/3にしかすぎないという計算になります。

そんなプラチナに頼らなくてもいいように、それに代わる代替材料も研究され、いくつか発表もされていますが、実用化にはまだまだ遠いのが現状。同時にプラチナの使用量を減らす研究も進められており、理論的には、効率を高めていけば最終的には1g程度でも今と同じレベルの効果が得られるそうです。まあ、そこまで減らすより先に、優秀な代替材料が実用化されているとは思いますが、それまでは水素とプラチナの関係は続いていくのでしょう。ちなみに従来のガソリン車にもプラチナが使われているというのはご存知ですか? ガソリン車のマフラーには排気ガスの有毒物質を除去するためにセラミックが使われていますが、そのセラミックにプラチナを塗布すると、有害物質の除去率が非常に高まるのです。これもプラチナの触媒効果で、これには1台につき2~3gが使われています。

水素吸蔵合金を使うと、水素を分子状態で貯蔵するため、気体の1/1000かそれ以上と、液体水素よりもコンパクトに、省スペースで貯蔵できます。また、超低温にする必要もありませんし、圧力も低いので安全性も高いというメリットもあります。

なお、プラチナは非常に劣化しにくい金属ですから、リサイクルすればほぼ100%使い回せるのは救いです(使い続けると触媒としての機能が劣化することはありますが、それもリサイクルすれば元に戻ります)。プラチナをきちんと回収するためにリサイクル体制もしっかり整い、不法投棄も少なくなるかもしれません。ただし、車そのものよりも、プラチナを目当てにした車両盗難事件が増えるかもしれませんが…。