水素のはなし第5回 水素と燃料電池自動車の安全性評価

前々回、水素の安全性についてのお話を紹介しました。今回は、水素の安全性確保のために、どのような場所で、どのような研究や試験がおこなわれているのかを具体的に紹介しましょう。

1 世界唯一の屋内試験場で行われる、さまざまな安全性評価

テストコース

水素・燃料電池自動車安全性評価施設全景 施設を囲むようにぐるりと一周5.5kmのテストコースがある。

茨城県城里町に、水素と燃料電池自動車の安全性評価を行う「水素・燃料電池自動車安全性評価施設(Hy-SEF:Hydrogen and Fuel Cell Vehicle Safety Evaluation Facility)」があります。敷地内には一周5.5kmのテストコースがあり、開発中の燃料電池自動車のさまざまな車両走行テストがここで日々行われています。

また、これまでは砂漠や山中など、人が住んでいない場所で行われていたFCVの各種安全試験も、Hy-SEF内にある「耐爆火災試験棟」の完成によって、ほとんどの試験を屋内で行うことが可能となっています。

耐爆火災試験棟

耐爆火災試験棟 世界で唯一の屋内試験場。壁厚は何と1.2m!

ドーム形状をした「耐爆火災試験棟」は、世界唯一の屋内試験場。内径18m、高さ16m、壁厚は1.2mの鉄筋コンクリートで、内壁は鉄板仕上げ。内容積260l、充填圧力70MPaの水素容器が破裂した場合でも安全な構造となっており、水素容器の火炎暴露試験や車両の火災試験などが行われています。

屋内試験場としての利点は、雨や風など天候に影響されず、再現性の高い試験が行えること。また赤外線カメラなど高精度な計測装置の設置が容易であること。クルマの内装やタイヤが燃えてガスが発生しても、それを除去する環境対応型排煙処理装置が付帯しており、さらに騒音が外部に漏れることもなく、周辺環境に対しても優しい施設となっています。

この耐爆火災試験棟は、水素容器の火災安全性評価、車両火災時の安全性評価、車両火災事故時の対応マニュアル、漏洩水素の挙動解析などに活用されています。

Hy-SEFにはそのほかにも、1100気圧まで加圧できるコンプレッサーと蓄圧器、-40℃~85℃まで温度を変化できるチャンバー(容器)など、各種水素ガス充填試験設備も設置されています。

2 水素の拡散と漏洩をさまざまなシチュエーションで検証

トンネル内での水素の漏洩・拡散挙動

漏洩水素量:1分間で60m3の水素を放出(貯蔵容器内圧力:35MPa →0MPa)トンネル内換気:2m/ sec.

燃料電池自動車の安全性を確保するためには、まず燃料となる水素の安全性を検証しなければなりません。Hy-SEFでは、水素がどのように空気中に拡散するのかシミュレーションを行い、水素濃度を変えながら、またシチュエーションを変えながら、実際に検証を行っています。たとえばガレージに停めたクルマから水素が漏れた場合、トンネル内で水素が漏れた場合、あるいは、水素充填コネクターから徐々に水素が漏れた場合など、燃料電池自動車の普及を想定した状況下で、水素が拡散するスピードや濃度の変化を、時間を追って詳しく検証しています。この結果をもとに、水素を安全に使用するためのさまざまな対策が導き出されています。

また、漏れた水素に火がついた場合、どのような火炎が起こるのか、についても検証されています。天然ガスとガソリンの火炎比較試験も併せて行った結果、水素は燃え広がる前に燃え尽きてしまうことがわかりました。漏れたときその場に溜まってしまうガソリンよりも、すぐに空気中に拡散し、一瞬で燃え尽きてしまう水素の方が、火炎時間は短いという結果が実験によって導き出されたわけです。

では、もし燃料電池自動車の衝突事故が起きたとき、水素がどのくらい漏れて、そこに着火したらどうなるのでしょうか。これについても、実車両を使った試験が行われています。

実験では、車両の底部から水素を50l/10分、131l/10分と放出させ、それぞれの水素濃度を測りながら、いちばん水素が溜まりやすいエンジンフード下部で着火させます。この結果、水素濃度は前者が17.7%、後者が23.8%で、この濃度は時間とともに上がるわけではなく、水素は少し溜まる程度。火が点いても、赤外線熱画像でようやく確認できる小さな炎が、ほんの一瞬、燃えただけでした。 濃度が10~20%の水素は、もし衝突事故が起きたとしても、クルマの構造上そう簡単に溜まるものではありません。ですが、あえて閉め切った車室内に水素を貯め、どのくらいの濃度で引火したら危険になるのか、という実験も行われています。これは、車室内に細く切ったティッシュペーパーをつり下げ、12%、22%、60%の濃度の水素がそれぞれ溜まったとき、水素に点火したらどうなるのか、を調べたもの。濃度12%で水素に着火しても、ティッシュペーパーは燃えませんでした。22%でようやくティッシュペーパーに火が点き、60%ではクルマ全体が大破という結果に。ただし、この実験は危険な状態とはどの程度なのかを調べ、その危険を避けるために、あえて行われたもの。 水素はちょっとでも漏れたら危険だというイメージを持たれていますが、これら実験の結果、水素はすぐに拡散し、引火しても一瞬で燃え尽きることから、安全性確保のための対策は、決して困難ではないことがお判りいただけたのではないでしょうか。

3 すべては、水素と燃料電池自動車を安全に扱う基準確立のため

燃料電池自動車の燃料タンク

燃料電池自動車の燃料タンク 高圧の水素充填にも耐え得るしくみになっている。

燃料電池自動車の燃料タンクは、高圧の水素を充填した高圧水素容器。その安全性を検証するための実験も、あらゆるシチュエーションを想定して行われています。

たとえば、高圧水素容器を火であぶる実験。この火災・火災暴露試験は、容器が破裂する前に、水素を放出するかどうかを調べるもの。高圧水素容器には安全弁が付いていて、万が一車両火災が起きたとき、速やかに水素を放出させる安全機能が設けられています。安全弁は融点の低い金属でできており、110℃~115℃になると溶けて、バネが外れ蓋が開き、水素を放出するという仕組み。この試験では、各メーカーの高圧水素容器の安全弁の働きをテストするだけでなく、規格外の安全弁を付けた場合や、安全弁なしではどうなるかなど、さまざまな想定のもとで試験が行われています。

さらに、ガソリン車や天然ガス車と比較しながら、実車両の火災試験も行っています。燃料電池車は火災が起きて数分後、すべての水素が放出されるため、延々と燃え続けるガソリン車、広い範囲で燃える天然ガス車と比べて、炎の大きさは小さい、という結果になりました。

また、高圧水素容器のクラッシュテストでは、落下させたり、つぶしたり、タンクがどうなるのかというデータを集め、検証しています。

ちなみに海外では、ガン・ファイヤーと呼ばれる高圧水素容器の試験も行われています。これは、燃料タンクがライフルで撃ち抜かれた場合を想定したもの。銃社会のアメリカでは必要な検証ですが、これもクルマの安全基準づくりに欠かせない重要な試験の一つです。

水素と燃料電池自動車は、これまで自動車メーカーが経験したことのない分野の技術。だからこそ、一つ一つの疑問について確実に検証し、対策やテストを繰り返し行うことが必要であり、さまざまな想定の下で、現在も厳しい試験が行われています。
すべては、水素と燃料電池自動車を安全に扱う、その基準を確立するためなのです。