インタビュー第1回 FCVの実用化、普及が進まないとぼくたちは自動車を使えなくなる

自作したEV(電気自動車)でアメリカのレースに参戦したり、自動車の環境問題を肌で感じるため日本橋から鈴鹿サーキットまで歩いたり、と自動車をこよなく愛し、ゆえに自動車の未来を厳しく見つめるモータージャーナリストの舘内氏に、FCV(燃料電池自動車)についての率直な意見を伺いました。

1 驚くほどよく走る日本のFCV
2 FCVにかかる自動車の未来
3 モーダルシフトとFCVの普及

驚くほどよく走る日本のFCV

舘内端さんぼくがEV(電気自動車)の普及に乗り出したのが1994年。 ちょうどそのころ、ドイツのダイムラー・ベンツ社(当時)が、FCV(燃料電池自動車)の試作第1号車を作っています。 それがFCVの草分けですね。ぼくは96年に第2号車に試乗しているから、日本で一番早く燃料電池自動車に乗ったモータージャーナリストかもしれません。

日本では、96年にトヨタがRV4に燃料電池を積んで走らせたのが最初です。 しかし当時の国産FCVは、何とか動くというくらいのもので、技術的にはベンツ社のほうがずっと進んでいました。

日本では低公害車への関心が薄かったのですが、その状況が大きく変化したのは97年ごろからですね。 この年に、地球温暖化防止京都会議が開かれ、それに合わせるようにエンジン・ハイブリッド車が登場します。

低公害車は、まずEVが先行して、ハイブリッド車が登場し、この段階でいわゆる「電気で動く車」の実用性が認知され、FCVの本格的な研究開発へと進みます。 とくにこの分野に力を入れたのがトヨタとホンダです。

ぼくは当時からFCVにも大きな期待を寄せていましたが、実用化までには、相当な時間がかかるだろうと思っていました。 けれどトヨタとホンダは、2社そろって2002年にはFCVの実用化にこぎつけました。両社のFCVに試乗したときは驚きましたね。 テストコース、それから市街地や高速道路も走りましたが、予想以上にできがよく、「発進はスムースで、加速はエンジン車よりも力強く、高速での伸びも十分だった」というのが率直な印象でした。

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